東京高等裁判所 平成8年(行ケ)120号 判決 1997年5月29日
原告 株式会社シマノ
被告 ダイワ精工株式会社
主文
1 特許庁が平成6年審判第8664号事件について平成8年3月14日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1当事者が求める裁判
1 原告
主文と同旨の判決
2 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第2請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告(審判被請求人)は、意匠に係る物品を「釣竿」とする登録第880636号意匠(平成元年4月10日登録出願、平成5年7月26日登録。以下、「本件意匠」といい、本件意匠の登録を「本件登録」という。)の意匠権者である。なお、本件意匠の形態は審決の別紙第一記載のとおりである。
被告(審判請求人)は、平成6年5月18日、本件登録を無効にすることについて審判を請求し、平成6年審判第8664号事件として審理された結果、平成8年3月14日、「本件登録を無効とする。」との審決がなされ、その謄本は同年5月27日原告に送達された。
2 審決の理由
別紙審決写しのとおり
3 審決の取消事由
審決は、違法な審判手続に基づいてなされたものであり、かつ、本件意匠の創作性を誤って否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1) 審判手続の違法について
<1> 意匠法52条の規定により準用される特許法150条5項の規定違反について
本件の審判手続には、職権で証拠調べがなされたにもかかわらず、その結果を原告に通知し、意見を申し立てる機会を与えなかった違法がある。
すなわち、審決の「第三 当審の判断」の「2 本件意匠の創作容易性について」において援用されている下記の各書証の証拠調べは、いずれも当事者の申立てによるものではなく、職権でなされたものであるが、その結果は一切原告に通知されず、原告はこれらの書証について意見を申し立てる機会を与えられなかったものである。
a 被告発行のカタログ「Activ Fishing by Daiwa 1986 」(昭和61年7月1日特許庁資料館受入れ。以下、「甲第13号証」という。なお、本判決記載の書証番号はすべて本件訴訟におけるものである。)48頁下欄中央記載の釣竿の意匠(審決別紙第二)
b 被告発行のカタログ「EXCITE FISHING」(昭和62年2月13日特許庁資料館受入れ)の49頁(以下、「甲第14号証」という。)記載の各釣竿の意匠(審決別紙第三)
c 被告発行のカタログ「EXCITE FISHING」(昭和62年2月13日特許庁資料館受入れ)の50頁(以下、「甲第15号証」という。)上段中央記載の釣竿の意匠(審決別紙第四)
d 被告発行のカタログ「1989年度ダイワ釣用品総合カタログ」(平成元年2月10日特許庁資料館受入れ。以下、「甲第16号証」という。)33頁記載の各釣竿の意匠(審決別紙第五)
e 株式会社オリムピック発行のカタログ「With you」(平成元年2月10日特許庁資料館受入れ。以下、「甲第17号証」という。)5頁記載の「センチュリー春嶺54」の表示のある釣竿の意匠(審決別紙第六)
f 株式会社オリムピック発行のカタログ「′87~′88オリムピック釣具総合カタログ」(昭和62年2月13日特許庁資料館受入れ。以下、「甲第18号証」という。)20頁記載の「スパイラルSS渓流50-540中硬」の表示のある釣竿の意匠(審決別紙第七)
g 本件登録出願前にオリムピック釣具株式会社が発行したカタログ「′76Fishing OLYMPIC」(以下、「甲第19号証」という。)45頁中段記載の釣竿の意匠(審決別紙第八)
h 被告発行のカタログ「1988・ダイワ・コンセプトブック」(昭和63年2月27日特許庁資料館受入れ。以下、「甲第20号証」という。)16頁記載の「10年前のアユ竿」及び「AWT銀影中硬T-IISP」の表示のある各釣竿の意匠(審決別紙第九)
ところで、審決は、本件意匠の構成態様を「元竿部及び竿尻キャップの構成態様」(以下、「第1の構成態様」という。)、「中間竿を元竿又は後方の中間竿に収納した状態で固定又は伸張する構成」(以下、「第2の構成態様」という。)及び「収納時に中間竿及び穂先の先端部分を露出した構成態様」(以下、「第3の構成態様」という。)に分説し、各構成態様についてそれぞれ創作容易性を検討している。そして、第1の構成態様が周知であり、本件意匠が創作力を要したと認められないとの認定判断は、甲第13ないし第17号証のみを論拠としてなされたものである。また、第3の構成態様は周知であるから、これに基づいて収納時に第1及び第2中間竿の先端部のみを現す態様とすることは当業者が容易に想到し得たとの認定判断は、被告が提出した登録第398488号意匠公報(以下、「甲第9号証」という。審決別紙第十)、登録第553482号の類似1意匠公報(以下、「甲第10号証」という。審決別紙第十一)及び登録第717742号意匠公報(以下、「甲第11号証」という。審決別紙第十二)に加えて、甲第18ないし第20号を論拠としてなされたものであるが、甲第9ないし第11号証記載の各意匠の形状の周知性には後記のとおり疑問があるから、甲第18ないし第20号証は、第3の構成態様の創作容易性の判断に不可欠のものである。
したがって、職権による甲第13ないし第20号証の証拠調べの結果を一切原告に通知せず、これらの書証について原告に意見を申し立てる機会を与えなかったことは、審判手続の適正保障及び意匠権者の権利保護の観点からみて、審決の結論に影響を及ぼす重大な手続違背というべきである。
この点について、被告は、職権による甲第13ないし第20号証の証拠調べは、被告の申立てによる書証の証拠調べを補充するものにすぎず、原告が十分に予測できた範囲内のことであると主張する。しかしながら、第1の構成態様の創作容易性の判断は、前記のとおり甲第13ないし第17号証のみを論拠としてなされたのであって、被告が提出した甲第2ないし第5号証は全く採用されていないから、甲第13ないし第17号証についての被告の上記主張は失当である。また、第3の構成態様の創作容易性の判断においては、被告提出の甲第9ないし第11号証も採用されているが、甲第18ないし第20号証は甲第9ないし第11号証とは別個独立の刊行物であり、かつ、第3の構成態様の創作容易性に関する判断に不可欠のものであることは審決の説示自体から明らかであるから、甲第18ないし第20号証についての被告の前記主張も当たらない。
<2> 意匠法52条の規定により準用される特許法153条2項の規定違反について
審決は、本件意匠は本件登録出願前に日本国内において広く知られた形状に基づいて当業者が当業者が容易に創作をすることができたと判断しているが、その判断の前提である「本件登録出願前に日本国内において広く知られた形状」は、被告が提出した書証(前記甲第9ないし第11号証)に加えて、職権で取り調べた甲第13ないし第20号証に基づいて認定されたものである。そうすると、特許庁は被告が申し立てない理由についても審理判断したことになるが、その審理の結果は原告に一切通知されず、原告はこれについて意見を申し立てる機会を与えられていない。
ところで、審決取消訴訟が東京高等裁判所を第一審とする二審制とされているのは、審判手続において当事者の関与のもとに一審訴訟に相当する十分な審理が行われることを前提とするものであるから、意匠法52条の規定により準用される特許法153条2項所定の手続が履践されず、無効審判の被請求人である原告が意見を申し立てる機会を与えられなかった理由によって無効審決を受けたことは、原告が審判手続において一審訴訟に相当する十分な審理を受ける利益を奪われたことに帰着する。したがって、審判手続には重大な手続違背があり、これが本件意匠の創作性を否定した審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
この点について、被告は、審決が認定判断した本件登録の無効事由は被告が申し立てた無効事由と同一であるから、審判手続には意匠法52条の規定により準用される特許法153条2項の規定違反はないと主張する。しかしながら、本件登録を無効とする根拠として審決が認定した具体的事実(本件登録出願前に日本国内において広く知られた形状)に、被告が本件登録を無効とする根拠として申し立てた具体的事実(被告提出の書証によって認定される形状)と異なるものが含まれている以上、被告の上記主張は当たらないというべきである。
(2) 本件意匠の創作容易性の判断の誤りについて
<1> 審決は、本件意匠の各構成態様について、甲第13ないし第20号証記載の各意匠の構成態様と一致し本件登録出願前に周知の形状であったことを前提として、本件意匠の創作容易性を判断している。
しかしながら、甲第13ないし第20号証はいずれも一企業のカタログであるのみならず、審決が援用した各意匠は、何頁もあるカタログ中の1頁に記載されているものにすぎない。したがって、甲第13ないし第20号証記載の各意匠の形状が本件登録出願前に周知であったとする審決の認定は誤りである。この点について、被告は本件訴訟において乙第1ないし第32号証(枝番を含む。)を提出しているが、審判手続において提出されず、したがって特許庁の審理判断を経ていない書証によって甲第13ないし第20号証記載の各意匠の形状の周知性を立証することは不当であるのみならず、甲第17ないし第19号証については周知性を裏付けるべき書証自体が存在しない。なお、甲第18号証には審決別紙第七記載の意匠が記載されていないし、審決別紙第九には「10年前のアユ竿」の表示のある釣竿の意匠は記載されていない。
また、審決が前記周知形状の認定資料とした甲第9ないし第11号証はいずれも特許庁発行の意匠公報であるが、これらが不特定多数の者によって閲覧され、各公報記載の意匠の形状が本件登録出願前に日本国内において現実に広く知られていた事実は証明されていない。したがって、甲第9ないし第11号証記載の各意匠の形状が本件登録出願前に周知であったとする審決の認定も誤りである。
<2> 審決は、「本件意匠は、元竿部、元竿後端部位に付設した竿尻キャップ、6本の中間竿(中略)及び穂先部によって構成されるものであって、収納時には、中間竿及び穂先部が元竿中に第1及び第2中間竿の先端部分を除いて収納され、使用時には、それらが突出して長尺の竿となる、いわゆる振出し竿の一種である」と認定している。
しかしながら、本件意匠における中間竿が6本であるとする根拠はないし、収容時の形状は第1及び第2中間竿の先端部のみが「階段状に」突出するのであって、収容時の形状に関する審決の認定は不正確である。さらに、本件意匠の使用時の形状は、すべての中間竿と穂先を振り出した状態、第1の中間竿以外の中間竿と穂先を振り出した状態、第1及び第2中間竿以外の中間竿と穂先を振り出した状態の長さの異なる3通りであって、使用時の形状に関する審決の認定も不正確である。
<3> 審決は、第1の構成態様について、「元竿部につき、後方の略3分の1の部分を円筒状とし、前方の略2分の1の部分を後方の部分の円筒状の径の略3分の2の細径の円筒状とし、両部分の中間部の略5分の1の部分が後方の部分と前方の部分をつなぐ倒円錐台筒状であり、その全長が後方円筒状の径の略18倍のものであり、後端面に後方円筒状の径と同径の略円盤状の周面を丸めた態様の竿尻キャップを嵌設した態様のもの」とした点は、甲第13ないし第17号証にほぼ一致する態様のものが存在し、既に広く知られた形状と認められるから、何ら創作力を要したものとは認められないと判断している。
本件意匠における元竿の構成態様は、グリップ部から中間のテーパ部を介して先端部がグリップ部に対し細長な小径に形成され、グリップエンドには円形の竿尻キャップを設けたものである。これに対し、甲第13ないし第17号証はいずれも部分斜視の写真であって、それらに記載されている各意匠の形状を十分に特定できないが、甲第13号証記載の意匠における元竿は先端部が極端に細いものであり、甲第14号証記載の各意匠における元竿はいずれもグリップ部と先端部とがほぼ同径であり、また、甲第15号証記載の意匠における元竿はテーパ部が細長いものである。さらに、甲第16号証記載の各意匠における元竿の形状はそれぞれ異なっているし、甲第17号証記載の意匠における元竿は中間のテーパ部が不明確であるうえ、グリップ部と先端部の径の大小も本件意匠のそれと異なっている。
このように、甲第13ないし第17号証記載の各意匠における元竿の形状は本件意匠の第1の構成態様とは異なっているから、第1の構成態様は、甲第13ないし第17号証にほぼ一致する態様のものが存在し、既に広く知られた形状と認められるとした審決の認定は誤りである。なお、被告は、本件訴訟において乙第34ないし第37号証を提出するが、これらに記載されている各意匠の形状は、公知ではあっても、周知のものではない。
<4> 審決は、第2の構成態様について、「振出し竿において、中間竿を元竿または後方の中間竿に収納した状態で固定又は伸張することを可能とすることは、本件登録出願前において(中略)既に広く知られていたものと認められ、本件意匠は、それに基づき、元竿寄りの2本の中間竿を収納した状態で固定又は伸張することができるようにしたもので、この点に何ら創作性の認められるものではない」と判断している。
しかしながら、審決認定の刊行物に記載された中間竿の固定方法においてはその先端部の階段状の突出形状が不明であり、仮に振出竿において中間竿を元竿又は後方の中間竿に収納した状態で固定又は伸張することが周知の技術であったとしても、この技術と、収納時に第1及び第2中間竿の先端部分のみを階段状に突出させる形状とは技術的に何ら関連性がないから、審決の上記判断は失当である。
<5> 審決は、第3の構成態様について、甲第18ないし第20号証及び甲第9ないし第11号証を論拠として「収納時において、中間竿及び穂先の先端部分が露出した態様の意匠は、(中略)従来より広く知られているところであり、それに基づき、収納時において第1中間竿及び第2中間竿の先端部のみを現す態様とすることは、当業者が容易に想到し得るものであって、この点に格別の創作性を認めることは、できない」と説示している。
しかしながら、甲第18号証に別紙第七記載の意匠が記載されていないことは前記のとおりであるし、甲第19、第20号証に記載されている釣竿はいずれも従来から知られている振出竿であり、収納時にはすべての中間竿及び穂先が完全に元竿に収納されるのであって、審決別紙第八の最上段記載の意匠、審決別紙第九記載の意匠は、振出竿の構造を説明するために中間竿及び穂先を階段状に突出させて表したものにすぎず、収納時の形状を表すものではない。また、甲第9ないし第11号証は、中間竿を元竿に収納し、その位置において固定する技術が周知であることの証拠として被告から提出されたものである。したがって、「収納時において、中間竿及び穂先の先端部分が露出した態様の意匠は、(中略)従来より広く知られている」とした審決の上記説示は、明らかに誤りである。
<6> 従来の振出竿は、すべての中間竿と穂先を振り出して使用するものであって、収納時には、すべての中間竿と穂先が元竿に収納される形状、あるいは、ガイド付き釣竿のようにすべての中間竿と穂先の各先端部が階段状に露出する形状のものであった。
これに対し、本件意匠は、前記のとおり、振出竿をすべての中間竿と穂先を振り出した状態、第1の中間竿を元竿に収納固定し、その他の中間竿と穂先を振り出した状態、第1及び第2中間竿を元竿に収納固定し、その他の中間竿と穂先を振り出した状態の3通りの長さで使用し得るようにするために、収納時において第1及び第2中間竿の先端部のみが元竿から階段状に突出し(したがって、収納時において元竿から突出する第1中間竿の長さと、第1中間竿から突出する第2中間竿の長さとは、同一に構成される。)、その他の中間竿と穂先は完全に元竿に収納されるようにしたものである。振出竿の収納時におけるこのような形状、及び、使用時における変化に富んだ動的な形状は、従来は全く存在しなかった意外性のある実用上極めて便宜な意匠として、取引者・需要者に強い印象を与え、本件意匠に係る釣竿は商業的に多大な成功を得ているのである。
以上のとおり、本件意匠は極めて斬新なものであって、本件登録出願前に周知の振出竿の形状に基づいて当業者が容易に創作をすることができたものでないから、本件意匠の創作性を否定した審決の認定判断は誤りである。このことは、本件審決後に、本件意匠と基本的構成態様が一致する2つの意匠について、本件意匠の類似意匠として登録すべき旨の査定がなされたことからも明らかである。
また、審決は、本件意匠の構成態様を第1ないし第3に分説し、各構成態様についてそれぞれ創作容易性を検討しているが、本件意匠の創作性は意匠全体の造形上の観点から評価されるべきであるから、審決の上記判断手法は妥当なものとはいえない。
第3請求原因の認否及び被告の主張
請求原因1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由)は認めるが、3(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。
1 審判手続について
(1) 意匠法52条の規定により準用される特許法150条5項の規定違反について
原告は、本件の審判手続には、職権で証拠調べがなされたにもかかわらず、その結果を原告に通知し、意見を申し立てる機会を与えなかった違法があると主張する。
審判手続において甲第13ないし第20号証の証拠調べが職権で行われたことは認める。
しかしながら、被告は、審判手続において第1の構成態様及び第3の構成態様が本件登録出願前に周知であったことを主張し、甲第2ないし第11号証を提出しているのであるから、職権による甲第13ないし第20号証の証拠調べは、被告の申立てによる書証の証拠調べを補充するものにすぎず、原告が十分に予測できた範囲内のことである。したがって、職権による書証の証拠調べの結果を原告に通知せず、原告に意見を申し立てる機会を与えなかったことは、審決を取り消さねばならないほど重大な手続違背には当たらない。
(2) 意匠法52条の規定により準用される特許法153条2項の規定違反について
原告は、審決が本件意匠の創作性を否定する前提として認定した「本件登録出願前に日本国内において広く知られた形状」は、被告が提出した書証に加えて、職権で取り調べた甲第13ないし第20号証に基づいて認定されたものであるから、特許庁は被告が申し立てない理由についても審理判断したことになるが、その審理の結果は原告に一切通知されず、原告はこれについて意見を申し立てる機会を与えられていないと主張する。
しかしながら、被告は審判手続において本件意匠が意匠法3条1項3号あるいは同条2項の規定に該当する旨主張し、審決は本件意匠が同法3条2項の規定に該当すると判断したのであるから、特許庁が被告が申し立てない理由について審理したものでないことは明らかであって、原告の上記主張は失当である。
2 本件意匠の創作容易性の判断について
(1) 原告は、甲第13ないし第20号証はいずれも一企業のカタログであるのみならず、審決が援用した各意匠は何頁もあるカタログ中の1頁に記載されているものにすぎないから、甲第13ないし第20号証記載の各意匠の形状が本件登録出願前に周知であったとする審決の認定は誤りであると主張する。
しかしながら、甲第13ないし第16号証、第20号証は、乙第1ないし第32号証(枝番を含む。)に示されているとおり、本件登録出願時までの長い期間に不特定多数の者に頒布されているのであるから、それらに記載されている各意匠の形状は、本件登録出願当時、既に周知のものであったことが明らかである。そして、上記と同一の業者の発行に係る甲第17、第19号証記載の各意匠の形状についても、同様に考えるのが相当である。この点について、原告は、審判手続において提出されず、したがって特許庁の審理判断を経ていない乙第1ないし第32号証によって甲第13ないし第20号証記載の各意匠の形状の周知性を立証することは不当であると主張するが、乙第1ないし第32号証は、甲第13ないし第20号証記載の各意匠の形状の周知性を裏付けるため補足的に提出したものにすぎないから、原告の上記主張は当たらない。
また、原告は、甲第9ないし第11号証の各意匠公報が不特定多数の者によって閲覧され、甲第9ないし第11号証記載の各意匠の形状が本件登録出願前に日本国内においいて現実に広く知られていた事実は証明されていないと主張する。
しかしながら、特許庁発行の公報は全国百余箇所の閲覧所において一般の閲覧に供され、かつ、多くの団体・企業等に頒布されているものであるから、甲第9ないし第11号証も、本件登録出願時までの長い期間に不特定多数の者によって閲覧され、それらに記載されている各意匠の形状は、本件登録出願当時、既に周知のものとなっていたと考えるのが当然である。
(2) 原告は、本件意匠が6本の中間竿によって構成されているとする審決の認定は根拠を欠き、また、収納時及び使用時の形状に関する審決の認定は不正確であると主張する。
しかしながら、本件意匠における中間竿は、元竿の長さから考えれば6本と考えるのが自然であるし、収納時及び使用時の形状に関する原告の主張は、審決の表現を論難するものにすぎず、当たらない。
(3) 原告は、第1の構成態様について、本件意匠の具体的形状と甲第13ないし第17号証記載の各意匠の具体的形状とが異なることをるる主張する。
しかしながら、審決は、甲第13ないし第17号証記載の各意匠の具体的形状が本件意匠の第1の構成態様と「略一致する」と説示しているのであって、両者が同一であると説示しているのではないから、原告の上記主張は当たらない。そして、周知の形状に加えられた改変が、当業者において容易になし得た程度のものならば、その創作性は否定されるべきであるから、第1の構成態様について「何ら創作力を要したものとは認められない」とした審決の判断に誤りはない。
(4) 原告は、第2の構成態様について、振出竿において中間竿を元竿又は後方の中間竿に収納した状態で固定又は伸張することが周知の技術であったとしても、この技術と、収納時に第1及び第2中間竿の先端部分のみを階段状に突出させる形状とは技術的に関連性がないと主張する。
しかしながら、甲第6ないし第8号証に記載されている意匠において、収納時において固定されている中間竿を引き出すためには、中間竿の先端が元竿から階段状に突出していなければならないことは当然であるから、第2の構成態様も周知の形状であって、原告の上記主張は当たらない。
(5) また、原告は、第3の構成態様について、審決の認定判断の誤りを主張する。
しかしながら、第3の構成態様は、審決がこの構成態様の認定資料とした甲第18ないし第20号証、第9ないし第11号証の各証拠によるまでもなく、甲第6ないし第8号証に記載されている周知の中間竿の固定方法及び形状に基づいて、当業者が容易に創作することができたと考えるのが相当である。
(6) 原告は、本件意匠の創作性についてるる主張する。しかしながら、それらはあくまでも原告の主観的な評価にすぎず、客観性に欠けるものである。そして、原告は、本件審決後に本件意匠と基本的構成態様が一致する2つの意匠について本件意匠の類似意匠として登録すべき旨の査定がなされたことを主張するが、本件意匠に類似する意匠の登録査定がなされたことは、本件意匠が創作性を有することの論拠とならない。
また、原告は、本件意匠の創作性は意匠全体の造形上の観点から評価されるべきであるから、本件意匠の構成態様を第1ないし第3に分説し、各構成態様についてそれぞれ創作容易性を検討した審決の判断手法は妥当なものとはいえないと主張する。しかしながら、審決は、「各要素を結合して本件意匠の全体の態様にまとめることも、極く容易に成し得るものと認められ、結局、本件意匠は、本件登録出願前に日本国内において広く知られた形状に基づいて、釣具の意匠の分野における通常の知識を有する者が容易に創作をすることができたものと認められ」ると説示しており、意匠全体の態様から本件意匠の創作容易性を判断していることが明らかであるから、原告の上記主張は当たらない。
第4証拠関係<省略>
理由
第1請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(審決の理由の要点)、及び、本件の審判手続において甲第13ないし第20号証が職権で取り調べられたことは、いずれも当事者間に争いがない。また、弁論の全趣旨に徴すると、上記の職権による書証の証拠調べの結果が原告に通知されず、原告が甲第13ないし第20号証について意見を申し立てる機会を与えられなかったとの原告の主張は、被告も争わないところと認められる。
第2意匠法52条の規定により準用される特許法150条5項の規定違反について
原告は、まず、本件の審判手続において職権による甲第13ないし第20号証の証拠調べの結果を原告に通知せず、これらの書証について原告に意見を申し立てる機会を与えなかったことは、意匠法52条の規定により準用される特許法150条5項の規定に違反するものであって、審決の結論に影響を及ぼす重大な手続違背であると主張する。
1 そこで、本件審判手続に審決の結論に影響を及ぼす手続違背が存したかについて検討すると、前記審決の理由によれば、次の事実が認められる。
(1) 本件審判手続において、請求人である被告は、本件意匠は本件登録出願前の刊行物に記載された意匠に類似する意匠であり、また本件登録出願前に日本国内において広く知られた形状に基づいて当業者が容易に創作をすることができた意匠であるから、本件登録は無効であるとして、本件登録を無効とすることについて審判を請求し、その具体的無効事由として別紙審決写し「第一 請求の趣旨及び理由」記載のとおり主張し、その証拠方法として同記載の書証を提出した。
(2) これに対し、審決は、本件意匠の創作容易性について検討し、本件意匠は、本件出願前に日本国内において広く知られた形状に基づいて当業者が容易に創作をすることができたものと認め、本件登録は意匠法3条2項の記載に違反してなされたと判断したものである。そして、審決は、その結論に至る理由において、本件意匠の構成態様を前記第1ないし第3の構成態様及び「第1から第6までの中間竿及び穂先部について、そのそれぞれの長さが元竿と略同長で、前方のものが後方のものよりも細径の筒状とした」構成態様に分説した上、各構成態様についてそれぞれ創作容易性を検討しているが、
<1> 第1の構成態様については、「元竿部につき、後方の略3分の1の部分を円筒状とし、前方の略2分の1の部分を後方の部分の円筒状の径の略3分の2の細径の円筒状とし、両部分の中間部の略5分の1の部分が後方の部分と前方の部分をつなぐ倒円錐台筒状であり、その全長が後方円筒状の径の略18倍のものであり、後端面に後方円筒状の径と同径の略円盤状の周面を丸めた態様の竿尻キャップを嵌設した態様」とした点は、「本件登録出願前に頒布された以下の刊行物に記載された多くの釣竿の意匠において、本件意匠と略一致する態様のものが存在し、既に広く知られた形状と認められるから、何ら創作力を要したものとは認められない」と説示して、甲第13ないし第17号証を引用しており、被告が審判手続においてそのための証拠として提出した甲第2ないし第5号証はいずれも採用されていない。
<2> 第3の構成態様については、「本件意匠においては、収納時において第1中間竿及び第2中間竿のみがその先端部分が露出した態様を現すものであるが、収納時において、中間竿及び穂先の先端部分が露出した態様の意匠は、以下のとおり従来より広く知られているところであり、それに基づき、収納時において第1中間竿及び第2中間竿の先端部のみを現す態様とすることは、当業者が容易に想到し得るものであって、この点に格別の創作性を認めることは、できない」と説示して、被告が審判手続において提出した甲第9ないし第11号証のほか、甲第18ないし第20号証を引用している。
2 前記1認定の事実によれば、審決は、本件意匠の第1の構成態様については、職権によって取り調べた証拠である甲第13ないし第17号証のみによって、その態様が本件登録出願前に日本国内において広く知られた形状であると認定したものであり、これらの証拠は本件意匠の創作容易性の判断に当たって必要不可欠の証拠であったことが明らかであるから、このような証拠を取り調べた場合においては、その結果を被請求人である原告に通知し、相当の期間を指定して意見を述べる機会を与えるのでなければ、原告の防御権の行使は著しく損なわれるというべきである。
また、審決は、第3の構成態様については、職権によって取り調べた証拠である甲第18ないし第20号証のほか、被告が提出した甲第9ないし第11号証によって、その態様が本件登録出願前に日本国内において広く知られた形状であると認定したものであるが、甲第9ないし第11号証はいずれも特許庁発行の意匠公報であるから、これらに記載されている各意匠の形状が本件登録出願前に公知であったことは当然であるが、それらが日本国内において当業者に広く知られていたと認定できるかはいささか疑問が存するところであり、審決もその点を考慮して、これらの書証の前に、職権によって取り調べた甲第18ないし第20号証を引用しているものと考えざるを得ない。そうすると、本件登録出願前に現実に商品化されていた釣竿のカタログである甲第18ないし第20号証は、第3の構成態様の創作容易性の判断に当たって重要な意義を持つものであると考えられる。しかるに、成立に争いのない甲第18号証によれば、甲第18号証(20頁)には審決が引用した審決別紙第七の釣竿の記載は存在しないことが認められるし、原告が本件訴訟において「甲第19、第20号証に記載されている釣竿はいずれも従来から知られている振出竿であり、収納時にはすべての中間竿及び穂先が完全に元竿に収納されるのであって、審決別紙第八の最上段記載の意匠、審決別紙第九記載の意匠は、振出竿の構造を説明するために中間竿及び穂先を階段状に露出させて表したものにすぎず、収納時の形状を表すものではない」と主張していることに照らせば、これらの証拠調べの結果を原告に通知して意見を述べる機会を与えることは、審判手続の適正な運用のために必要であり、意匠法52条の規定が準用する特許法150条5項の規定の趣旨に沿うというべきである。
3 この点について、被告は、審判手続における職権による甲第13ないし第20号証の証拠調べは、被告の申立てによる書証の証拠調べを補充するものにすぎず、原告が十分に予測できた範囲内のことであると主張する。しかしながら、第1の構成態様の創作容易性の判断において被告が提出した書証が審決に全く採用されていないことは前記のとおりであるから、被告の上記主張が第1の構成態様の創作容易性の判断において引用された甲第13ないし第17号証について妥当しないことは明らかである。また、第3の構成態様の創作容易性の判断においては、被告が提出した甲第9ないし第11号証も引用されているが、職権による甲第18ないし第20号証の証拠調べは原告が十分に予測できた範囲内のことであるという被告の主張には何ら根拠がないし、甲第18ないし第20号証の証拠価値について原告から前記のような疑義が主張されている以上、審判手続の適正保障及び意匠権者の権利保護の観点からすれば、被告の前記主張は甲第18ないし第20号証についても相当といえない。
また、被告は、第3の構成態様については、審決が引用した各証拠によるまでもなく、甲第6ないし第8号証に記載されている周知の中間竿の固定方法及び形状に基づいて当業者が容易に創作をすることができたものであると主張するが、前記審決の理由によれば、審決は甲第6ないし第8号証が上記構成態様を備えていないと認定したために、審判手続における被告の主張を採用することなく、審決摘示の各証拠を引用したものと認められるから、被告主張の理由により審判手続の前記瑕疵が治癒されるものではない。
4 以上のとおり、職権による甲第13ないし第20号証の証拠調べの結果を原告に通知せず、これらの書証について原告に意見を申し立てる機会を与えなかったことは、審判手続において、登録無効事由の主張・立証に対し、意匠権者として意匠法上認められた防御権を行使し、十分な審理を受ける利益を原告から奪ったことに等しいから、本件審判手続の瑕疵は審決の結論に影響を及ぼすものであって、審決を取り消すべき事由に該当するというべきである。したがって、その余の取消事由について判断するまでもなく、審決は、違法な審判手続に基づいてなされたものとして、取消しを免れない。
第3よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 山田知司)
審決書写し<添付省略>